清塚信也の母親は韓国人でスパルタ教育!名言炸裂の英才教育方法とは?

ピアニストの清塚信也さん。

音楽好きな両親にピアニストになるよう育てられました。

その英才教育の方法とはどんなものか?

ご紹介します。

清塚信也はピアニストであり俳優でもある!

1982年生まれで36歳の清塚信也さん、ピアニストとしての活動のほか、

テレビ作品でのピアノ吹替をしたり、なんと自分が俳優として映画に出たりしています。

ピアノ吹替での代表作の一つが『のだめカンタービレ』です。

玉木宏扮する千秋先輩のピアノ吹替をしていました。

ところで、ピアノ吹替っていう言葉、今回初めて知りました。

そして俳優として出演した作品が『さよならドビュッシー』でした。


雰囲気出てますよね!

清塚信也がピアノを始めたきっかけは?

今ではメディアで活躍している清塚信也さんですが、

ここまでの道のりは決して楽なものではなかったようです。

ピアニストになるという、素人でも厳しい道だと想像できる人生。

始まりは姉のヴァイオリンレッスンの付き添いだったようです。

清塚信也さんの母親は、幼いころにピアノやヴァイオリンを習いたかったにもかかわらず、

やらせてもらえなかったという過去があり・・・

そのころの夢を自分の子どもに託そうとしたのです。

一足早くヴァイオリンを習い始めた姉に付いていき、音楽に慣れていった清塚信也さん。

そして、5歳になりピアノを始めることになりました。

清塚信也の母親はスパルタ教育!ピアニストまでの厳しい道のり

親の意向がきっかけで始めたピアノだったこともあり、

清塚信也さん自身はあまりレッスンがすきではなかったとか。

しかし、中学生で受けたコンクールで予選落ちをし、

このままでは負け犬になる!と思ったところから、

1日のうち半日もの時間をピアノの練習に費やすようになったそうです。

そんな清塚信也さんを厳しく支えたのが韓国人の母親、順子さんだったそうです。

練習中は笑ってはいけないという決まりだったようで、

「今笑うな!人生の後半で笑え!」

と激怒されたこともあるとか。

長時間の練習で眠くても、

「人はいつかずーっと寝る時がくるんだから、今は起きなさい!」

など、印象的な言葉をたくさん言われて教育されたようです。

まさに鬼!スパルタ教育ですね。

ピアニスト清塚信也誕生!

厳しい練習時間を積み、ピアノの腕を伸ばしていった清塚信也さん。

1998年、東京交響楽団との共演で、とうとうデビューを果たしました。

桐朋学園大学へ進み、モスクワ音楽院へ留学も経験。

様々なコンテストでも優秀な成績を収めていきます。

そして今のピアニスト清塚 信也が誕生したのです。

これからもリサイタルやメディアでの活動に目が離せませんね!

ちなみにこんな人との共演も・・・

お2人とも、雰囲気似てませんか?笑

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